ジェンダー論法学

「性交同意年齢」の13歳から16歳に引き上げに伴う、年齢差条項の正当性について

「性交同意年齢」の13歳から16歳に引き上げに伴う、年齢差条項の正当性について

法制審議会(法相の諮問機関)の刑事法部会が、性暴力被害への対応強化のため、刑法などの改正に向けた要綱案をまとめたようだ。https://www.jiji.com/jc/article?k=2023020300517 
「要綱案では、現行法と同様に13歳未満との性交は同意の有無にかかわらず違法と規定。その上で、同世代間の性行為で罪に問われることがないよう、13~15歳の場合は年齢が5歳以上年上の者を処罰対象とした。」(記事抜粋)

→これはどういう論理に基づくものなのだろうか。

ここで「同意年齢」の意味を振り返ってみよう。

「日本では13歳未満の者に対する性的な行為は禁止されており、その『13歳』は同意年齢であり、13歳未満の者は性的な行為の意味に関する判断能力を備えていないので、その『意思の自由』の選択の内容を問うことなく、不同意が法的に擬制される・・・たしかに、性的な価値について十分に理解する年少者の同意がある例外的な場合につねに性的人権侵害があるとはいえない・・・しかし、その同意能力の個別審査は事実上困難であり、また、性的プライバシーの観点からもそのような法的介入は好ましくないと思われる。それゆえ刑法は『13歳』の年齢を明示し、13歳未満の者であることの認識があるならば、事実上の個人の能力の有無・程度を問わず、また、性的人権侵害の事実の立証を要さず、形式的に故意犯を認める。」(森川『性暴力の罪の行為と類型』133-135頁)1

この理は、同世代間の性行為でも妥当するのではないか。15歳でも不同意の客体に対しレイプを成しうるのであるから。

仮に上記「5歳以上条項」が含まれるのであれば、それはもはや「同意年齢」と呼ぶことはできないであろう(20260825_1112追記_『性交同意年齢16歳』という通称は制度を簡略化した表現であって、13歳未満と13~15歳とでは同意を無効化する法的構造が異なる」)。

このような「5歳以上条項」が考えられた背景には、「同世代間の性行為には年齢差のある当事者間の性行為よりも同意が推測できよう」という認識によるものであるかにも思われるが、それは従来の「同意年齢概念」と相容れない考え方であろう。前述の通り、同意年齢未満の者は性的な行為に意味に関する判断能力を備えていないので、その「意思の自由」の選択の内容を問うことなく、不同意が擬制されるというのが、従来の同意年齢概念の考え方である。ここで基準となっているのは、客体の判断能力であって、行為主体との関係性ではない。

さらに「同世代間の性行為には年齢差のある当事者間の性行為よりも同意が推測できよう」という認識の正当性も検討する必要がある。例えば15歳の女児が、同級の男児と性行為をする場合と、30歳の男性と性行為をする場合との間に、該女児の意思形成の過程にどのような違いが一般に認められるのであろうか。一定年齢以上の大人が年少者に対して性愛感情を向けるのはおかしい、というのは年少者が同意能力を有しないことに根拠を持つべきで、「同性愛は気持ち悪い」というように「幼児性愛は気持ち悪い」と、抽象的に語ることは、特定の性的趣向をもつものに対する差別にほかならないと考えるhttp://blog-rin-life.com/%e5%b9%b4%e5%b0%91%e8%80%85%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e6%80%a7%e7%8a%af%e7%bd%aa%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/ 

幼児性愛者からの被害を防止するという政治的な根拠により「5歳以上条項」が肯定される余地もあるだろうか。いずれにしても同条項を認めればやはり、「同意年齢」概念の性質・説明は変容を余儀なくされるのではないだろうか。




追記

20231003追記

【要綱案】性犯罪規定を大幅見直しへ、性交同意年齢を13歳から16歳に引き上げhttps://news.livedoor.com/article/detail/23645842
公訴時効を5年間延長し、18歳未満で被害を受けた場合は18歳になるまでの年月を加算して時効をさらに遅らせる。性的な部位や下着、性交の様子などの盗撮を禁じる「撮影罪」なども新設。

やはり年齢差条項について気になって法務省のQ&Aを読む。

→「一般的に、相手との年齢差が大きくなればなるほど、社会経験などの差によって対等ではなくなっていくと考えられます」 https://moj.go.jp/keiji1/keiji12_00200.html
moj.go.jp/keiji1/keiji12_00200.html#Q9

→「心理学的・精神医学的知見も踏まえ、それだけ年齢差が大きくなれば絶対に対等な関係はあり得ないといえると考えられることから定められたもの」

従前の性交同意年齢は「それ未満の者は性的な行為の意味に関する判断能力を備えていないので理論的に同意が不可能な年齢」を意味するところ、改正して、年齢差条項を付与してしまっては、もはやその定義が維持できないと考えていた(https://blog-rin-life.com/%e3%80%8c%e6%80%a7%e4%ba%a4%e5%90%8c%e6%84%8f%e5%b9%b4%e9%bd%a2%e3%80%8d%e3%81%ae%ef%bc%91%ef%bc%93%e6%ad%b3%e3%81%8b%e3%82%89%ef%bc%91%ef%bc%96%e6%ad%b3%e3%81%ab%e5%bc%95%e3%81%8d%e4%b8%8a%e3%81%92/)。

したがって、論理構成の変更が必要となるように思う。例えば、
「13歳未満の者は同意不可能」

「13歳に達すれば判断能力が熟し性的同意が可能になる」

しかし

「13歳〜16歳の年少者と他者との関係については」

「そこに5歳以上の年齢差がある場合には心理学的・精神医学的知見により、絶対に対等な関係はあり得ないため」

「性的判断能力を身につけて間もない16歳までの年少者を非対称な関係から保護するために」

年齢差が5歳以上ある場合かつ他方が16歳未満である場合の性行為を禁ずる

とかいう感じなら、筋が通るか。

また、積極的に年齢差条項の必要性を主張するためには(何故、16歳を同意年齢にしてそれ未満の者との性交を一律に禁じるという構成にしないのかという問いに答えるためには)、「刑法の謙抑性」を持ち出すべきであろう。

なお、海外の法制でも年齢差条項はあるようだ(https://moj.go.jp/content/001132261.pdf)。この点に関しては外国の議論含め研究が必要だろう。また、国内の刑法学者が改正を機に、年齢差規定について議論することも期待する。「心理学的・精神医学的知見」なるものも確認が必要。

また、この「16歳」を「性交同意年齢」と呼ぶことは、不正確な(違和感のある)表現になるようにも思う。上記のような構成をとるならば。あくまで性交同意が可能になる(成熟する)年齢は13歳であって、13歳〜16歳については、「関係の対等の不可能性」という別の理由を根拠とする規制であるからである。

年少者の場合、同年代間の性行為でも(いや、むしろだからこそ)、同意なき性交となることも多いのではなかろうか。個人的な経験則上でも、極めてコンセンサスのあり方が危うい態様で性関係を持つ若年層や、もっといえば「酔わせてヤっちゃおう」みたいなことを平気で言うような友人も少なくない。

また、「先生と生徒」的な関係、典型的に描かれるのは、年上の男性に想いを寄せる女子生徒みたいな少女漫画的性愛関係、ここの基礎となるのは、「年上男性への憧れ」であって、「対等でない関係」の帰結によるものではないだろう。「先生と生徒」的な性愛関係に否定しえないような愛の強度のようなものが生じえることは、数々の創作作品や各人の経験から明らかであろう2

つまりは、13歳以上〜16歳未満の人と5歳以上年長の人の関係について「絶対に対等な関係はあり得ないといえる」、というのは、明らかにフィクションである。

もっとも、13歳未満の者につき”一律に”性的同意をする能力がない、というのも明らかにフィクションであるから(精神の成熟の差は個人によって異なる)、ここでフィクション性が存することについては決定的な問題ではない。

ここで問題となるのは、「13歳未満の者には性的同意能力がない」ということの正確性と比べ、「5歳以上の年長者と対等な関係は絶対にありえない」ということの正確性がどの程度あるかということだ。換言すれば「どの程度の人(関係性)がその命題に当てはまるのか」ということ。

ここの評価は難しいように思う。

次に、「年少者達の空間では」「5歳以上の年齢差のある場合、絶対に対等な関係はあり得ないといえる」から「その性関係を禁止する」というのには、論理の飛躍がある3

何故なら「対等な関係でない」としても両者の自由意志のもとでも性愛関係は成立しえるだろうからである。

正確に記述するとしたら、例えば、「年少者達の空間では」「5歳以上の年齢差のある場合、絶対に対等な関係はあり得ないといえ」て、かつ「左様な対等でない関係のもとでは非対称な関係性を利用して同意なき性行為(ないし性搾取)が行われる蓋然性が高い」ため「その性関係を禁止する」という論理構成となろう。

つまり、整理すれば、

①「(年少者達の空間では)5歳以上の年齢差のある場合、絶対に対等な関係はあり得ないといえる」

又は

①’「(年少者達の空間では)5歳以上の年齢差のある場合、対等な関係でない蓋然性が高い」

②「(年少者達の空間での)、対等でない関係のもとでは非対称な関係性を利用して同意なき性行為(ないし性搾取)が”必ず”行われる」

又は

②’「(年少者達の空間での)、対等でない関係のもとでは非対称な関係性を利用して同意なき性行為(ないし性搾取)が行われる”蓋然性が高い”」

③よってこれに該当する性関係を禁止する。

上記の①(①’)→②(②’)→③という構成によって、それに該当する性行為を法によって禁じることができることになる。

よって、やはり①(①’)②(②’)のそれぞれの正確性(社会の中でどの程度の人(関係)がそこに当てはまるか)という問いが重要になる。

また、いうまでもないが、一定の割合で年少者に対する性搾取を行うものがいたとしても、それを理由に年齢差のある性愛関係を禁じることは、人の生活への強い介入であるから、相当に慎重になる必要がある。これは13歳未満を一律に性的同意が不可能と規定することについても指摘できる問題である。

人間社会は歴史上、一定の性的趣向を持つ人を排除してきた。よって、ある規制に正当性があるか否かについては常に警戒しなければならない。

「私は若い子に興味がないし、若い子とセックスするなんて気持ち悪いから別によくない?」という問題ではないのである。

「気持ち悪い」から規制するわけではなく、「そこに法益侵害が存する」から規制するのである。逆に言えば「法益侵害が存在しない」のであれば規制してはならない4し、同時に過剰な規制となってもいけない。

ジャニーズ事務所や、ガボンのサッカー界(https://bbc.com/news/world-africa-66959227)の事件など、年少者の性搾取の問題は深刻だが、法規制を考える、法学に携わる者は、ある正義の達成により排除されるマージナルな存在に目を向けることを忘れてはならない。

さて、ここまでいろいろ書いてきたが、性暴力問題については捗々しい処方箋が用意できるわけではない。「当事者を調べれば同意があったかどうか分かる」ようなものではない。”分からない”のである。にもかからず、被害も、その裏側としての冤罪の不利益も非常に大きい。

ここにやはり難しさがある。

いろいろ難しい話は抜きにして、簡単にいうならば、年齢差条項は「ペドフィリア(ないしロリコン)が多いから年齢差がある場合の性愛関係を一律に否定してしまおう」ということであるようにも思う。(20260825_1103訂正_年齢差条項について当時私が抱いた疑念をあえて露悪的に表現すれば、年少者に性的関心を向ける成人に対する強い社会的嫌悪を背景として、「一定以上の年齢差がある性愛関係は一律に否定してしまおう」という発想が作用しているのではないか、というものであった。もちろん、これが立法者によって明示された制定理由であるという趣旨ではない。しかし、少なくとも当時の私には、従来の性交同意年齢についての説明から、年齢差そのものを根拠として同意の法的有効性を否定する制度へ移行する理論的な橋渡しを十分に見出すことができず、そのことへの違和感ないし苛立ちが、このような表現につながった。)

これは、「ある年齢未満は、精神の未熟ゆえに性的同意が不可能であるから、彼・彼女らとの性関係を否定しよう」という規範とは全く異なる。

ここに、規範の根拠の違いがあることは、意識しなくてはならないだろう。

20231003追記終わり

>20250719_1326追記>

 性交同意年齢未満の者の性行為の禁止は、あるいは性交同意年齢未満の者との性行為の禁止は、性交同意年齢未満の者の身体的な保護というの必要性というのが根拠のひとつであり、もうひとつの根拠としては性交同意年齢未満の者は自己の身体に対して性行為への正当な同意を与えるための基礎となる精神あるいは知的な成熟度にない———したがって、原理的に同意性交ができない———という説明がなされる。
 身体や精神の成熟度は、個々人によって異なるため、現実世界では、正確には個々人それぞれに性交同意年齢とは異なっていると思われるが、しかし、一人一人の身体や精神の成熟度を計測するのは、技術的にもコスト的にも困難であるという理由で、大雑把に、全ての国民に共通のものとして、性交同意年齢なるものが決められているのである。
 したがって、将来的に技術の発展により、個々人の身体や精神の成熟度が常に瞬時に計測されて記録されるようなSF的な世界になれば、性交同意年齢なるものは個々人に設定されるようになり、例えば、性交同意年齢なるものがAさんについては10歳に、Bさんについては25歳に、というように、異なって設定されることも考えられるわけである。勿論、国民間の不平等感といった感情の問題も加味しなければならないから、単純に、技術的な問題が解決されたのみで、現実の法の内容がその技術的な問題の解決された状況に沿うように変革されていくとは限らないのであるが。
 以上が、ある一定年齢以下の者との性行為自体への嫌悪感という社会意識あるいは宗教感情、国民感情といったものを、性交同意年齢未満の者の性行為の禁止の根拠として、挙げない場合の説明である。
>20250719_1326追記終わり>

追記 2023年改正後の「性交同意年齢」と年齢差条項について

(2026年8月25日追記)

本稿を最初に書いたのは2023年2月4日であり、令和5年の性犯罪規定改正が成立する前であった。その後、「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」(令和5年法律第66号)が2023年6月16日に成立し、同月23日に公布され、主要な性犯罪規定は同年7月13日に施行された。また、法務省は同年7月10日に「性犯罪関係の法改正等Q&A」を公表した。[1]

本稿にはさらに2023年10月3日付の追記がある。そこでは、法務省Q&Aを読んだ上で、従来の性交同意年齢についての説明と年齢差条項とを接続するための仮の論理構成を提示し、また、5歳以上の年齢差から関係の非対等性を一律に導くことの経験的正確性、非対等性から直ちに性的行為の禁止へ進むことの規範的根拠、「心理学的・精神医学的知見」の内容等を問題として挙げた。

2023年10月の時点で示したこの構成は、現行法の理論を確定的に記述したものではなく、当時確認できた資料を前提として、「年齢差条項を従来の同意能力論と整合的に説明するとすれば、どのような論理が考えられるか」を試みた作業仮説であった。その後、法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会の議事録・配布資料、国会答弁、改正後の刑法学上の議論、関連する実証研究を確認した結果、当時の問題設定のうち、立法過程において既に相当程度議論されていた部分と、なお理論的・経験的な検討を要する部分とを区別できるようになった。以下、その結果を記しておきたい。

結論を先に述べれば、2023年2月の初稿で抱いた「年齢差条項を導入するなら、従来の性交同意年齢についての説明だけでは足りず、同意能力ないし法益侵害を基礎づける論理に修正・拡張が必要になるのではないか」という問題意識自体は維持できる。しかし、「その修正について立法者側から説明がなされていない」とまでは、現在ではいえない。法制審議会では2022年から、性的同意に必要な能力を複数に分け、相手との関係性とそれらの能力との関係を検討する議論が形成されていた。他方、その理論的拡張をどこまで正当化できるか、また「5歳以上」という形式的年齢差のみで本人の同意の法的有効性を一律に否定することがどこまで経験科学上・規範理論上基礎づけられるかは、なお別の問題として残る。

1 改正前の13歳基準と、その説明

改正前の刑法176条・177条は、13歳未満の者に対するわいせつ行為・性交等について、暴行・脅迫等の有無にかかわらず処罰の対象としていた。その典型的な説明は、13歳未満の者は性的行為の意味を理解・判断し、これについて有効な同意をするための能力が未成熟であるため、その事実上の同意の有無を問わず処罰する、というものであった。

ただし、初稿で引用した森川恭剛の説明を、そのまま「従来の刑法学一般」の唯一の説明とみることはできない。矢野恵美は2021年の日本学術会議公開シンポジウム資料において、性交同意年齢を「なぜその年齢で区切るのか」を独立の論点として提示し、刑法教科書にはその理由について記載のないものが多いことを指摘している。そこで整理されている説明も、婚姻適齢、月経開始年齢、児童保護・健全育成、刑事責任年齢との均衡、理解度・知識、比較法など多様である。[2]

したがって、「改正前の刑法学は例外なく、本人の内在的な精神的未成熟だけを根拠として13歳基準を説明していた」とまで断定するのは適切ではない。しかし少なくとも、現在のように、相手との年齢差や社会経験の差、それに由来する関係の非対等性を、性交同意年齢に関する規制の中核的根拠として組み込む説明が、改正前の標準的な性交同意年齢論として定着していたとは言い難い。

この点が、2023年改正の理論的意味を考える出発点となる。

2 能力三分説――立法過程で実際に行われていた理論的再構成

法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会では、性的行為について有効に自由な意思決定をするために必要な能力を、単一の能力としてではなく、複数の要素に分けて検討する議論が形成された。

第6回会議(2022年3月29日)議事録23~24頁において、佐藤陽子幹事は、その能力の内実として、概ね次の三つを挙げている。[3]

  1. 行為の性的意味を認識する能力
  2. 行為が自己に及ぼす影響を理解する能力
  3. 性的行為に向けた相手方からの働きかけに的確に対処する能力

深町晋也は、後にこの整理を「能力三分説」と呼んでいる。[4]

この三分法の重要な点は、第一の能力と第二・第三の能力とでは、その性質が相当に異なることである。第一の「性的意味を認識する能力」は、比較的、本人内部の認知能力として理解しやすい。これに対し、第二の「自己に及ぼす影響を理解する能力」、とりわけ第三の「相手方からの働きかけに的確に対処する能力」は、本人の発達段階だけでなく、相手との年齢差、社会経験の差、依存関係、心理的影響力その他の関係的条件によって、その能力を現実に行使できる程度が左右され得る。

第8回会議の配布資料22および議事録37~38頁でも、13歳以上の者について、単に性的意味を理解できるかだけでなく、自己への影響を理解する能力や相手方への対処能力まで含めて、対象年齢引上げの理論的根拠を検討すべきことが議論されている。[5]

2023年5月17日の衆議院法務委員会で、松下裕子刑事局長は、13歳未満については性的意味を認識する能力を一律に欠くという従来の説明をした上で、有効に自由な意思決定をするためには、それだけでなく、相手との関係において、その行為が自己に及ぼす影響を自律的に考え、理解し、その結果に基づいて相手に対処する能力も必要であると説明した。そして、13歳以上16歳未満の者は性的意味認識能力を一律に欠くわけではないが、後者の能力はいまだ十分でなく、相手との関係が対等でなければ、自由な意思決定の前提となる能力を欠くと説明している。[6] 法務省Q&Aも同じ考え方を一般向けに整理している。[7]

ここで、2023年10月追記において私が仮に提示した、

「13歳未満の者は同意不可能」 →「13歳に達すれば判断能力が熟し性的同意が可能になる」 →しかし、一定以上年長の相手との関係では非対等性を理由として16歳未満を保護する

という構成は、当時の作業仮説として理解すべきである。実際の立法過程では、より精緻に、性的意味認識能力と、自己への影響理解・相手方への対処能力とを区別し、後二者について相手との関係性を考慮する構成が検討されていた。

したがって、2023年改正は、単純に「従来13歳で完成すると考えられていた一つの同意能力を16歳まで存在しないことにした」と理解すべきではない。むしろ、従来の説明で中心となっていた本人内部の認識・判断能力に加え、相手との関係の中で自己への影響を理解し、相手に対処する能力を、自由な性的意思決定の前提となる能力として組み込んだ、と理解する方が正確である。

この意味で、保護法益そのもの――性的自由・性的自己決定権――が別の法益に変更されたというよりも、その法益が侵害されたと評価するための基礎、あるいは事実上の同意が存在してもそれを刑法上決定的なものと扱わないための理論が拡張・再構成された、と表現するのが適切であろう。

3 年齢差のみで処罰するのか、「利用」を要求するのか

2023年10月追記では、

非対等性 → 非対等な関係を利用した不同意性交・性搾取の蓋然性 → 禁止

という中間項を置かなければ、「非対等」から「禁止」へ論理が飛躍するのではないかと考えた。この構成は、現行法の立法理由を記述したものではなく、刑罰を正当化するために筆者自身が要求し得る規範的な作業仮説として位置付けるべきである。この点は既に2026年8月25日の脚注で補足したところである。

もっとも、立法過程を確認すると、この問題設定に非常に近い制度設計が現実に検討されていたことが分かる。

第9回会議(2022年8月5日)では、年齢差と対等性との関係について具体的な議論が行われた。小西聖子委員は、13歳と18歳、15歳と20歳といった関係について対等な関係は成立しないとの趣旨を述べた。他方、吉田幹事から、13歳と18歳、14歳と19歳、15歳と20歳という同じ5歳差の各場合を同じように評価できるのかと問われると、小西委員は、個別ケースについて心理学的に答えることには難しさがある旨を留保しつつ、全体として5歳の年齢差があればパワーの差が全くないことはあり得ないとの趣旨を述べている。[8]

同じ第9回会議では、年齢差という形式的要件だけで一律に処罰するのであれば、「例外」が相当程度残る年齢差を基準とすることは困難であるとの問題も示され、佐伯委員からは、一定の年齢差に加えて、年少者の脆弱性を利用したことを要件とする構成が提案されている。[9]

この議論を受け、第10回会議(2022年10月24日)に示された「試案」では、13歳以上16歳未満の者に対する性的行為について、5歳以上年長という年齢差に加えて、年少者の「対処能力が不十分であることに乗じて」行為をしたことを要求する構成が採られた。[10]

ここには、理論的に重要な二つの制度設計の違いが表れている。

一つは、

一定の年齢差がある → 関係は類型的に非対等である → 個別の利用・つけ込みを問わず性的行為を処罰する

という構成である。

もう一つは、

年齢差等による脆弱性・非対等性がある → 行為者がその脆弱性・対処能力の不十分さを利用した → 自由な性的意思決定が侵害された

という構成である。

後者では、単なる属性・関係性だけでなく、具体的な「利用」「つけ込み」が法益侵害と刑罰を媒介する。これは、2023年10月に私が提示した②・②’の問題意識と相当に近い。

しかし最終的な制度は前者を選択した。

第13回会議(2023年1月17日)議事録2頁における浅沼雄介幹事の説明は、この変更理由を明瞭に示している。浅沼幹事によれば、改訂前の試案で「対処能力が不十分であることに乗じて」との実質要件を置いたのは、年齢差だけで処罰範囲を適切に画せるのか、一定の年齢差があれば対等な関係があり得ないと言い切れるのかという疑問が部会で示されていたためであった。しかし、その後の検討では、5歳以上の年齢差があれば、そのこと自体で自由な性的意思決定の前提となる対等な関係ではないと評価するのが適当であり、さらに「乗じて」という実質要件を要求すれば、本来処罰すべき事例が処罰対象から漏れるおそれがあるとして、試案(改訂版)ではこの要件を削除した、と説明されている。[11]

これは、現行法の構造が唯一理論的に可能な帰結として自然に導かれたのではなく、複数の制度設計のうちから明示的に選択されたものであることを示す。

4 立法者の説明と、本稿の規範的問題設定

現行法の立法理由を記述することと、その理由が刑罰の正当化として十分であるかを批判的に検討することは区別しなければならない。

現行法の立法者の説明は、概ね次のように再構成できる。

13歳以上16歳未満の者は、性的意味を認識する能力を一律に欠くわけではない。しかし、自己への影響を理解し、相手方の働きかけに対処する能力はいまだ十分ではない。年齢差・社会経験差が大きければ関係は非対等となり、自由な意思決定の前提となる能力を十分に発揮できない。そこで、年齢のみを要件として一律処罰しても対等な関係を取り込むおそれがないと立法者が評価した5歳以上の年齢差について、性的行為それ自体を処罰する。6

この説明を前提にすれば、現行法を記述するために、別途「非対等であれば性的搾取が生じる蓋然性が高い」という中間命題を必須とする必要はない。立法者自身が、非対等な関係と自由な意思決定の前提となる能力の不足とを直接結び付ける構成を採っているからである。

しかし、それによって規範的な問いが消えるわけではない。「関係が対等でない」ということと、「本人の性的自己決定権が侵害された」ということは概念上当然に同一ではない。社会には、年齢、職業、経済力、知識、社会的地位、経験等について非対等な関係が無数に存在する。非対等性は自由な意思決定を害する重要な危険要因になり得るが、それだけで直ちに本人の意思が不存在または無効になるとは限らない。

したがって、年齢差という関係的属性から、個別の利用・つけ込みや意思形成過程の審査を経ずに、性的行為を一律に犯罪化するのであれば、なぜその年齢差が自由な意思形成・表明・実行を妨げるものとして一律に扱えるのか、その理論的・経験的基礎はなお問われ得る。

この問題は、「弱者を保護するために、弱者自身の選択する自由を法がどこまで否定してよいか」という、より一般的な保護的パターナリズムの問題とも通じる。森川恭剛は知的障害者について、知的機能の制約を主な理由として性行為に関する法的能力を否定することが、本人の積極的な性的自由を不当に制約し得ると論じている。また、性犯罪に関する刑事法検討会第9回でも、橋爪隆委員は、障害を有することのみを根拠に一律処罰すれば、かえって障害者の性的自由を不当に制約するおそれがあると指摘している。[12]

もちろん、年齢による発達上の未成熟と障害を同一視することはできない。ここで参照したいのは、個々の法制度の同一性ではなく、保護を理由として本人の性的自己決定の法的価値を包括的に否定するとき、その保護それ自体が本人の自由を奪う側面を持ち得る、という規範的構造である。

5 「5歳以上なら絶対に対等な関係はあり得ない」は経験科学上どこまで支えられるか

法務省Q&Aは、5歳という年齢差について、「心理学的・精神医学的知見も踏まえ、それだけ年齢差が大きくなれば絶対に対等な関係はあり得ないといえると考えられる」ことから定めた旨を説明している。[7]

2023年10月追記では、これを「明らかにフィクション」と表現した。ただし、そこで問題にしていたのは、法が年齢によって一定の類型化を行うことそれ自体ではない。直後に13歳未満の一律規制も個人差を捨象した類型化であると述べたとおり、問題はむしろ、その類型化が現実をどの程度正確に捉えるのか、すなわち「どの程度の人・関係がその命題に当てはまるのか」であった。現在なら「フィクション」という表現より「不可反証的な法的類型化」ないし単に「類型化」と呼ぶ方が精密であろうが、当時の問題設定自体は維持できる。

法務省の説明は、少なくとも二つの異なる命題に分けて読む必要がある。

第一は、年齢差の大きい関係では、社会経験、経済力、地位、交渉力等の格差が生じやすく、非対等性や性的被害・健康上のリスクが高まり得るという一般的命題である。これには相当の実証研究上の支持がある。

例えば、Bajunirwe, Semakula & Izudiによる2020年の系統的レビュー・メタ分析は、主としてサブサハラ・アフリカの15~24歳女性を対象とする24研究、計33,390人を統合し、age-disparate relationships が無防備性交(pooled RR 1.57, 95% CI 1.34–1.83)およびHIV感染(pooled RR 1.39, 95% CI 1.21–1.60)と関連することを報告している。[13]

また、Kuneshらによる2024年のルワンダ研究では、5歳以上年長の相手との初性交は、同年代の相手との初性交と比較して、非同意の初性交と有意に関連していた(adjusted PR 1.59, 95% CI 1.25–2.02)。他方で、生殖に関する自律性・エンパワメントについては、年齢差との有意な関連が確認されなかった。[14]

これらは、年齢差が一定の被害リスクの指標になり得ることを支持するが、「年齢差があれば本人の自律性が必ず失われる」ことを直接示すものではない。

第二は、より強い命題、すなわち、13歳以上16歳未満の者と5歳以上年長者との関係については、例外なく対等性が失われるという命題である。

現時点で確認した実証研究からは、この強い命題が経験科学上確立しているとは言い難い。公衆衛生研究では、5歳以上年長の相手を age-disparate partner と操作的に定義することがある。例えばRucinskiらの2024年のタンザニア研究では、5歳以上を age-disparate、10歳以上を intergenerational と分類している。[15] しかしこれは、連続的な年齢差を分析可能なカテゴリーに操作化したものであり、5歳という一点で心理的対等性が不連続に消滅する自然科学的境界が発見されたことを意味しない。

むしろ、前述した第9回会議の議論が示すように、専門家委員自身、5歳という数字について個別ケースに心理学的に答えることの難しさを留保していた。また、「乗じて」要件を一度設けた立法過程自体が、5歳差だけで例外なく処罰範囲を画してよいかが当初から自明の科学的事実ではなかったことを示している。

したがって、法務省Q&Aの「心理学的・精神医学的知見も踏まえ」という部分を、心理学・精神医学が「5歳」という絶対的な臨界値を発見・証明したという意味に読むべきではないであろう。

より正確には、

年少者の発達段階と、年齢差の大きい関係におけるパワーの不均衡・被害リスクについての専門知見を背景としつつ、刑罰法規としての明確性、立証可能性、被害の見逃しを防ぐ必要、そして性的行為それ自体を一律処罰する以上処罰範囲を過度に広げないという刑罰の謙抑性を併せ考慮し、立法者が5歳という形式的境界を採用した

と理解するのが妥当であると思われる。この点は、国会答弁においても、性的行為をしただけで処罰する規定である以上、刑罰の謙抑性を踏まえて一律処罰の範囲を限定する必要があるとの説明がなされていることと整合する。[16]

6 「性交同意年齢を13歳から16歳へ引き上げた」という表現について

以上からすると、2023年改正を「性交同意年齢を13歳から16歳に引き上げた」と表現することは、制度の一般的説明としては理解できるものの、刑法理論上は一定の留保が必要である。

13歳未満については、相手の年齢にかかわらず、その者に対する性的行為が処罰対象となる。これに対し、13歳以上16歳未満については、相手が5歳以上年長である場合に、年齢だけを理由として処罰される。すなわち、13~15歳について一律に「性的同意能力が存在しない」とした制度ではない。

現行法は、13~15歳の者について、本人の発達段階だけでなく、誰との関係で性的行為をするかを年齢規定による一律処罰の要否に組み込む構造を採っている。

この構造を明確にするならば、13歳未満に対する規制と13~15歳に対する年齢差条項とでは、性的行為を年齢のみで一律処罰する根拠が完全に同一ではない。後者には、本人の発達段階と相手との関係的非対等性を結び付ける理論が加えられている。

したがって、2023年10月追記で「16歳を『性交同意年齢』と呼ぶことには違和感がある」と述べた問題意識は、現在でも一定の意味を持つ。ただし、「性交同意年齢16歳」という表現自体が誤りであるとまでいう必要はない。それは制度を簡略化した一般的名称として用いられている一方、刑法理論上は13歳未満と13~15歳とで規制根拠の構造が異なることを意識しておく必要がある、という程度に整理するのが正確であろう。

7 社会的嫌悪と立法理由について

2023年10月追記では、年齢差条項を「ペドフィリア(ないしロリコン)が多いから年齢差がある場合の性愛関係を一律に否定してしまおうということであるようにも思う」と、あえて露悪的に表現した。その一文については、2026年8月25日に取り消し線を付し、当時の意図を補足した。

現在確認できる立法資料に照らせば、この表現を立法者の実際の制定理由の記述として維持することはできない。立法者が明示している根拠は、年少者の発達段階、年齢・社会経験差による非対等性、自由な意思決定の前提となる能力、そして刑罰の謙抑性等であり、行為者の性的嗜好を処罰根拠としているわけではない。

他方、当時このような表現に至った背景には、年少者への性的関心を持つ者に対する強い社会的嫌悪や、そのような者の人権・自由をほとんど問題にしない言説が社会に存在することへの警戒と、従来の性交同意年齢論から年齢差規制へ移行する理論的橋渡しを当時十分に発見できなかったことへの違和感があった。

この問題を学術的に論じるなら、二つの問いを分ける必要がある。一つは、立法者が公に提示した刑罰根拠は何かという法解釈・立法資料の問題である。もう一つは、そのような立法が選択される社会的・政治的背景に、年少者への性的関心を持つ者に対する社会的嫌悪やモラル・パニックがどの程度作用していたかという立法社会学・刑事政策上の問題である。後者は、立法理由の文言から直ちに肯定も否定もできず、別途、世論、報道、運動、国会審議等の資料による実証的検討を要する。

したがって、現在のところ、この点は年齢差条項の制定理由として断定するのではなく、独立した研究課題として留保しておくのが適切である。

8 現在の評価

以上を踏まえ、2023年2月の初稿と2023年10月の追記における問題意識を、現在の知見に即して整理すると次のようになる。

第一に、年齢差条項を導入するなら、従来の性交同意年齢についての説明だけでは足りず、理論的な修正・拡張が必要になるのではないかという問題提起は妥当であった。 その後確認したところ、実際の立法過程では能力三分説という形で、その修正・拡張が既に検討されていた。

第二に、したがって、「理論的変更について何の説明もなされなかった」という評価は維持できない。 法制審議会では2022年から、性的意味認識、自己への影響理解、相手方への対処という能力を区別し、年齢差・関係の対等性との関係が具体的に議論されていた。改正後の法務省Q&Aと国会答弁も、その説明を明示している。

第三に、しかしこれは単なる従来理論の適用ではなく、同意能力ないし自由な性的意思決定の前提を基礎づける理論の相当な拡張・再構成である。本人内部の能力だけでなく、相手との関係性によって能力を十分に行使できるかという要素が組み込まれたからである。この変更が従来の被害者の承諾論とどのように整合するかは、なお刑法理論上の検討課題である。若尾岳志も、同意能力と有効な同意を区別する従来の被害者の承諾論に従うなら、年齢差条項を理論的に整合的に理由付けすることは非常に困難であると指摘している。[17]

第四に、2023年10月に提示した「非対等性→利用・搾取→禁止」という構成は、現行法を説明するための必要条件ではないが、規範的な制度設計として無意味ではなかった。 実際、立法過程では「対処能力が不十分であることに乗じて」という利用要件を置く案が一時採用され、その後、明示的な理由をもって削除されている。したがって、問題は「中間項が法解釈上欠落している」というより、なぜ最終的に個別の利用・つけ込みを要求しない制度を選択してよいのか、という立法論・規範論として捉えるべきである。

第五に、「5歳」という基準は、経験科学のみによって一義的に導かれた値ではない。 年齢差の大きい関係が非対等性・性的被害等のリスクと関連することには実証的支持があるが、13~15歳と5歳以上年長者との関係が例外なく非対等であること、あるいは5歳が心理学・精神医学上唯一正しい臨界点であることまで実証的に確立しているとは確認できない。5歳基準は、経験科学上の知見を背景としつつ、刑罰の謙抑性、明確性、立証可能性、被害防止等を含む規範的・刑事政策的判断によって設定された類型的境界と理解すべきである。

第六に、立法者の説明と、それに対する規範的批判は峻別すべきである。 現行法の立法者は、非対等性と自由な意思決定の前提となる能力の不足を直接結び付けている。これに対して本稿の問題は、「非対等である」という関係的事実から、なぜ個別の事情を問わず性的行為を一律に犯罪化してよいのか、その法益侵害の基礎づけと類型化の正当性をなお問うことにある。

そして第七に、この問題は「児童・年少者を保護すべきか、それとも保護すべきでないか」という二者択一ではない。年少者を性的搾取や不当な影響から保護する必要性を前提とした上で、保護される自由と、自ら選択する自由とが緊張し得ることを認め、そのいずれをどの範囲で刑罰によって保障するかを問う問題である。

2023年2月に抱いた違和感、そして2023年10月に行った暫定的な論理構成は、現在では「年齢差条項には根拠がない」という結論へ向かうものとしてではなく、従来の内在的な同意能力論から、相手との関係性を含む自由な性的意思決定の理論へとどのような拡張が行われたのか、その拡張はどこまで正当化できるのか、そして5歳という不可反証的な類型化にはどのような経験的・規範的限界があるのかを問う出発点として位置付け直すのが適切であると考えている。


注・参考文献

[1] 「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」(令和5年法律第66号)。法務省「性犯罪関係の法改正等Q&A」https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00200.html 。同Q&Aは法務省新着情報上2023年7月10日公開。本ブログ初稿は2023年2月4日であるため、初稿時には同Q&Aは公表されていなかった。他方、能力を複数要素に分ける議論自体は、後述のとおり2022年の法制審議会で既に公開されていた。

[2] 矢野恵美「性交同意年齢について」日本学術会議公開シンポジウム「日本の刑法性犯罪規定を国際人権基準に合わせるために――日本学術会議提言から法務省検討会報告を検討する――」2021年7月30日、12、14~15頁。https://www.scj.go.jp/ja/event/pdf3/313-s-0730-t7.pdf

[3] 法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会第6回会議議事録(2022年3月29日)23~24頁(佐藤陽子幹事発言)。https://www.moj.go.jp/content/001371810.pdf

[4] 深町晋也「性交同意年齢の引上げを巡る諸問題」『法律時報』95巻11号(2023年10月)77~83頁。

[5] 法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会第8回会議配布資料22「補足的検討課題②(対象年齢引上げ)」https://www.moj.go.jp/content/001374285.pdf ;同第8回会議議事録37~38頁(佐藤(拓)幹事発言)https://www.moj.go.jp/content/001377776.pdf

[6] 第211回国会衆議院法務委員会第17号、2023年5月17日、松下裕子政府参考人(法務省刑事局長)答弁。https://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku%2B/000421120230517017.htm

[7] 法務省「性犯罪関係の法改正等Q&A」Q7~Q9、前掲注1。

[8] 法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会第9回会議議事録11~12頁(小西聖子委員、吉田幹事)。https://www.moj.go.jp/content/001381662.pdf

[9] 同議事録15頁(佐伯委員等)。

[10] 法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会第10回会議配布資料26「試案」https://www.moj.go.jp/content/001382454.pdf ;同第10回会議議事録 https://www.moj.go.jp/content/001385529.pdf

[11] 法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会第13回会議議事録2頁(浅沼雄介幹事)。https://www.moj.go.jp/content/001392956.pdf

[12] 森川恭剛「性暴力の罪の行為と類型」『琉大法学』90号(2013年)1~106頁、特に93頁以下、https://u-ryukyu.repo.nii.ac.jp/records/2007566 ;同『性暴力の罪の行為と類型――フェミニズムと刑法』法律文化社、2017年。性犯罪に関する刑事法検討会第9回議事録3頁(橋爪隆委員)https://www.moj.go.jp/content/001340455.pdf 。なお、ここで年少者と障害者を同一視するものではなく、「保護を理由とする性的自由の制約」という規範構造の類比として参照する。

[13] Francis Bajunirwe, Daniel Semakula & Jonathan Izudi, “Risk of HIV infection among adolescent girls and young women in age-disparate relationships in sub-Saharan Africa: a systematic review and meta-analysis,” AIDS (2020), DOI: 10.1097/QAD.0000000000002582. 24研究、計33,390人。無防備性交 pooled RR 1.57 (95% CI 1.34–1.83)、HIV感染 pooled RR 1.39 (95% CI 1.21–1.60)。研究対象・社会状況が日本の13~15歳一般とは異なるため、5歳基準を直接正当化する証拠としてではなく、年齢差が一定のリスク指標になり得ることを示す資料として参照する。

[14] Jacqueline Kunesh et al., “Age-disparate relationships at first sex and reproductive autonomy, empowerment, and sexual violence among adolescent girls and young women in Rwanda,” SSM – Population Health 25 (2024) 101617, DOI: 10.1016/j.ssmph.2024.101617, https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10901839/ 。非同意の初性交 adjusted PR 1.59 (95% CI 1.25–2.02)。生殖に関する自律性・エンパワメントとの有意な関連は確認されなかった。

[15] Rucinski et al., “Transactional sex and age-disparate sexual partnerships among adolescent girls and young women in Tanzania,” Frontiers in Reproductive Health 6 (2024) 1360339, DOI: 10.3389/frph.2024.1360339, https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11269161/ 。5歳以上年長を age-disparate、10歳以上年長を intergenerational と操作的に定義する。

[16] 第211回国会衆議院法務委員会第17号、前掲注6。法務省「性犯罪関係の法改正等Q&A」Q8、前掲注1。

[17] 若尾岳志「2023年の性刑法改正といわゆる『淫行』処罰規定」『獨協法学』124号(2024年8月)145~180頁、特に157~160頁。https://dokkyo.repo.nii.ac.jp/records/2000295 。若尾は、従来の被害者の承諾論に従い「同意能力」と「有効な同意」を区別するなら、年齢差要件を理論的に整合的に理由付けすることは非常に困難であると指摘し、5歳差以上でも同意の有効性を否定できない事例が含まれ得るとの問題を論じる。

補足文献

  • 樋口亮介「いわゆる性交同意年齢の引上げ」『刑事法ジャーナル』78号(2023年)33頁以下。
  • 深町晋也「性交同意年齢の引上げを巡る諸問題」『法律時報』95巻11号(2023年10月)77~83頁。
  • 若尾岳志「2023年の性刑法改正といわゆる『淫行』処罰規定」『獨協法学』124号(2024年8月)145~180頁。

脚注

  1. 20260825_1124追記_ただし、森川の論理は必ずしも一般的なものとは言えない面もあることに留意。 ↩︎
  2. 20260825_1115追記
    記事では、「年上男性への憧れを基礎とする教師・生徒関係でも強い性愛関係は成立し得ることは、創作作品や経験から明らか」という趣旨を述べています。これは人間経験についての随想としては分かります。しかし刑法上の対等性への反証にはなりません。なぜなら、
    愛情の強度 ≠ 意思決定の対等性
    だからです。「先生に強く憧れている」ということ自体が、権威・承認欲求・依存・経験差による影響と同時に存在し得ます。「本当に愛していた」ことと「自由で対等な意思決定条件が成立していた」ことは別問題です。したがってここは、「真摯な愛情が成立し得るというだけでは対等性の反証にはならない。ただし、愛情の真正性とは別に、法がその同意を例外なく無効化してよいかという問題は残る」程度の記述がよいか。 ↩︎
  3. 20260825_1106追記
    記事は、 ① 非対等→ ② 性搾取の蓋然性→ ③ 禁止 でなければ「論理の飛躍」がある、と書いています。しかし、これは現行刑法を説明する命題ではありません。現行法の立法者は、
    非対等な関係
    → 年少者は自由な意思決定に必要な能力を十分に行使できない
    → したがって、その性的行為自体が性的自己決定権を侵害する
    と説明しています。搾取が実際に生じたことや、その高度な蓋然性を別途要求していません。政府は、当人同士が自由意思で行為したと主張する場合まで含めて、一律に犯罪とする境界として5歳差を設定したと明言しています。
    ですから元記事の②は、
    「法論理上必ず必要な欠落した中間項」ではない。
    しかし、
    「私は、単なる非対等性から直ちに本人の性的意思を無効化するのは保護的パターナリズムとして強すぎると考える。したがって、具体的な利用・搾取との結びつきを刑罰正当化のために要求したい」
    という筆者自身の規範的立場としてなら、十分成立します。
    ↩︎
  4. 20260825_1122追記_「法益侵害が存在しないのであれば規制してはならない」
    と「規制」一般について断言すると広すぎます。刑法には具体的法益侵害だけでなく、危険犯、抽象的危険犯などもありますし、そもそも法益論自体にも学説上議論があります。したがって、「少なくとも刑罰という強度の国家介入を正当化するには、単なる嫌悪や多数派道徳ではなく、保護すべき法益と、その侵害または危険との十分な結び付きを示す必要がある」くらいがよいか。 ↩︎

Karin.H

https://blog-rin-life.com/about-me/ 連絡先:hteyw5142@gmail.com

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