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試論〜ジャニー氏の痕跡は消すべきか、キャンセルカルチャー、仁藤夢乃パロディAV〜

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試論〜ジャニー氏の痕跡は消すべきか、キャンセルカルチャー、仁藤夢乃パロディAV〜

試論。

 試みとして考えてみる。(具体的性被害者が許す場合、かつ個人主義的保護法益を重視する立場によると)「ジャニーズ」の名は残しても良いし、ジャニー氏の痕跡も残して良いのではなかろうか、と。

 例えば、(私の学んでいるところの)法学においては規制等について考える場合に侵害法益ないし保護法益というものが何なのかという点が重要である。このような視点で考えてみると、本件で保護すべきなのは具体的性被害者の感情であって、性被害者以外の「国民」ないし「ファン」の感情というのは保護対象ではないということもできるようにも思う。
 つまり、具体的性被害者以外の者が、ジャニー氏の痕跡を目撃することにより感受する不快感や、“性加害の上に作られた作品群に曝されることの反規範性(抽象的価値)”なるものは保護範囲外と捉えることもできるようにも思うのである(もちろん超個人的、全体主義的な価値を重視する場合には、抽象的価値も無視できないのであるが(というか実際に意識又は無意識的にでも機能しているのは超個人的な倫理観。つまり国民の倫理観の集合体のようなものであろう))。

 であるならば、(具体的性被害者が許す場合、かつ個人主義的保護法益を重視する立場によると)ジャニー氏の痕跡も残しても、それによって侵害される利益・価値は存しないのだ、といえるかもしれない(刑法の法益論の考え方をここに移植しているため、個人主義に偏っている部分があるだろうことに留意。また、法的議論ではなく、社会倫理の問題であることを強調するならば個人主義ではなく全体主義的な考え方の比重を上げるべきなのかもしれぬ。が、そこは不勉強)。

 では、これから先ジャニー氏の痕跡に少女ら(ファン)が触れることの問題はどう説明するか。少女らに悪影響があるといえるかどうか。
 後見的な目からすれば、「性加害の産物(敢えてこういう表現をする)」に少女らが暴露されることの反倫理性を指摘できるような気もするが、そこにどこまで理論的正当性があるだろうか。少女らが性加害の産物に触れて、心動かされることには、確かに構造の不正義を覚えなくもないが、その感覚は、大人の独善的な正義感に過ぎないようにも思う。私たちは、いいものはいいものと思い感染していく。その裏にどんな悪があっても、その悪の存在に気が付かなければ、その感染が悪影響となることはない。
 例えば、ジャニー氏の性加害が明らかになることなく闇に葬り去られていれば、永劫、ジャニー氏の作品は肯定的に享受され続けていったであろう。作者の人格が作品に滲んでいるだとか、そんなことは、背後の悪の存在に気付いた我々が後付け的に見出していったものであり、仮にその悪の存在を知らされることがなければ、批評家が如何に考察しようと、作品の瑕疵を指摘するなど不可能であったように思う。

 もっとも、実際には、少女らは作品に触れる過程で、その裏の悪の存在も知ることになるだろう。しかし、ここでも疑問を投じたい。その背景を知ったからといってどんな悪影響があるのだろうか。例えば、少女らは性加害を軽視したりするようになるのだろうか。逆に、そういう現実があるのだと知り、その上で作品に触れ、自分で考える営みは有意義であるようにも思う(もちろん若年者については精神が未熟であるから、自分で深く考えるのは難しい、という指摘もありえる)。

 ここまで書いたような疑問は、「キャンセルカルチャー」的なものについても当てはまる。つまり何かの規制をするとして、その規制で保全されるのは何なのであろうか、ということである。
 ホームアローンのトランプ出演場面を削除して何が達成されるのであろうか。
 いや、私は結論ありきで疑問を呈しているわけではない。どちらの方向でも構わないが理が欲しいのである。事例によっても異なるだろう。

  また、つい最近話題になっていた、Colaboないし仁藤夢乃をモデルにしたであろうアダルトビデオ(『一般社団法人女性代表 似非フェミニストの闇堕ち快楽性交!!~現役AV女優に起こった惨劇~』)については、個人的な利益が具体的に侵害されているといえるため、それが規制されたとしてもキャンセルカルチャーとかそういう話ではないだろう。
 「文学とか映画と同じように、表現で批判するというのは正当だ」というような意見もX(旧ツイッター)で見られた。確かに、AVがそういった表現による社会への訴求をすることもあり得るであろう。しかし、ここで問題なのは媒体がAVだからではなく(むしろそこはなんら問題ない)、実在の人物(しかも敵対関係にあった者)をモチーフとして(かなり露骨)、その人物を作品内でドラッグを使ってレイプしている点であろう。これはなにかを表現する手法として擁護し難いように思われる。そのレイプの描写に必然性があるのであれば別であるかもしれないが。

参考

1、『一般社団法人女性代表 似非フェミニストの闇堕ち快楽性交!!~現役AV女優に起こった惨劇~』を告知する月島さくら氏のツイート

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