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アファーマティブアクションの正当性

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アファーマティブアクションの正当性

 マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』を読み、今まで、自分の中で正当性、あるいは非正当性についての検討が不十分だったものが、一応の決着を見たように感じられたので、その論理について覚書として、残しておく。

 「正当」とは何かーー平等主義:格差原理

 まず、ここでは、大学におけるアファーマティブアクション、とりわけ女性、貧困層に対する優遇措置の正当性について考える。
 アファーマティブアクションは正当か。この問いに答えるために、まず「正当」とは何かを考える必要がある。
 ここでは、「正当」とは、ロールズの格差原理によって肯定されるものが正当であると考えることにする。つまり、ここでは、アファーマティブアクションが正当か否かは、「分配の正義」の問題であると捉え、分配の正義について、「平等主義:ロールズの格差原理」を採用することにする。これは、ロールズの世界観に依拠することを宣言するものといってよい。

 ロールズの正義論・平等主義によれば1、功績に報いることは、分配の正義の目的ではない。分配の正義の目的は格差原理によれば、①富者と貧者の格差を、貧者の救済に資する限りにおいて許容しながら、②貧者の救済のために、③富者の幸福を貧者に分配すること、である。繰り返すが、功績に報いることは分配の正義の目的ではない。

 以上のことからすれば、アファーマティブアクションは、①富者と貧者の格差を、貧者の救済に資する限りにおいて許容しながら、②貧者の救済のために、③富者の幸福を貧者に分配すること、という目的に敵う限りにおいて正当と評価できることになる、と考えられそうだ。

アファーマティブアクションの正当性を議論する際の混乱

 アファーマティブアクションの正当性が語られるときに、擁護派は、しばしば、経済的・社会的格差による実質的不平等を解消するため、つまり、全員の努力を正当且つ公平に評価するために、アファーマティブアクションが存在すると主張する。しかし、この主張はロールズ的解釈においては、失当である。理由は、第一に、ある人が努力できるかどうかは、遺伝要因・環境要因に基づいており、それを評価することに何らの正当性もないからである。第二に、ある人が良い点をとったり、良いパフォーマンスをしたりすることは、今の社会が偶々その人の能力に対応するような評価基準を立てているからにすぎないからである。このような偶然的要因を評価するべき根拠はない。あるとするならば、努力の結果なる偶然的産物の評価を大衆が望んでおり、そのような大衆の願望に応える方が、結果的に社会善に資する、とか、そのような正当化論理しかない。

 しかし、結論を先取りすれば、アファーマティブアクションは正当なものとして肯定されるべきだ。理由を語るには、少し長い説明がひつようとなる。その説明の論理の流れは以下の通りだ。

  • (1)選考基準は、組織の存在目的に従って選考組織が決定すべきである。
  • (2)選考基準は、不当な差別・侮辱・偏見に基づかない限り自由に決めることが許される。
  • (3)より積極的にあるべき選考基準を考えるときには、「①ロールズの正義論:平等原理」と「②組織の存在目的の考察」によって検討されるべきである。
  • (4)大学の存在目的の中には少なくとも、研究、教育と「教育を受ける幸福の提供」がある。

正当性の論証

 まず、(1)選考基準は、組織の存在目的に従って選考組織が決定すべきである。基本はこう考えるほかなかろう。少なくとも各組織に統一して一般化できる選考基準を正義論のみから規定することは不可能だからだ。正義論が議論できるのは、その自由な決定の限界と、あるべき大枠の方向性である。

 では、その自由な決定の限界は何処か。この点については、(2)選考基準は、不当な差別・侮辱・偏見に基づかない限り自由に決めることが許される、というべきであろう。人種差別や女性差別に基づいていない限り、自由な選考基準の設定が許されるべきである。したがって、「社会貢献できる人材育成に必要な経験を積める環境を維持するため、多様な人材を入学させる」という理念に則って、特定の人種・性別の者を優遇する選考基準を設けることは許される。

 上記の議論は、消極的に、ある基準が許されるか否かを問う視点である。そのから一歩進んだ問題は、組織側の視点に立ってどういう選考基準をたてるべきか、と考える場合である。例えば、政策作成者がどのような大学選考基準が相応しいか考える場合や、社会学者が社会においてどのような大学選考基準が相応しいかどうか抽象的に考える場合にも、このような積極的な「あるべき選考基準」という思考が必要となる。

 このように積極的な思考に立つ場合には次のテーゼがたてられる。即ち、(3)より積極的に「あるべき選考基準」を考えるときには、「①ロールズの正義論:平等原理」と「②組織の存在目的の考察」によって検討されるべきである、と。
 まず、平等原理によれば、富者の幸福は貧者の救済のために分配されるべきである(ある一定の格差を残しながら)。そして、私見では、(4)大学の存在目的の中には少なくとも、研究、教育と「教育を受ける幸福の提供」がある。
 これら両者を総合すれば、大学は「教育を受ける幸福の提供」という存在目的の一内容を達成する必要があり、その達成過程では、富者の幸福が貧者の救済のために分配されるように配慮しながら、「教育を受ける幸福」を分配できるように、選考基準を設けるべきである、といえる。

 つまり、富者の有する幸福、ここでは「教育を受ける幸福」を貧者に分配するため、類型的に貧者に該当する確率の高い、女性、貧困層、過去に差別されてきた人種、等の人々を優遇するような選考基準を設けることが、ロールズ的平等原理:格差原理という正義論に適うのである2

 以上がアファーマティブアクションを肯定する論証である。しかし、最後に導いた結論は、あくまで、一般化した「あるべき選考基準」の視点である。社会全体を見て、その理念、つまり「教育を受ける幸福の分配」が達成されているならば、個々の組織が如何様な選考基準を立てようとも、それが不当な差別に該当しない限り自由である。

最後に

 さて、以上で論証はしたが、お気付きの通り、これはロールズの正義論:格差原理を前提とした上での検討である。現段階で私が、これを前提とすべきと考えているにすぎない。例えば女性差別や人種差別を正当化するような大前提に立てば、全く違う論証と結論になるし、形式的平等や厳密な実力主義(努力を重視するような考え方)を前提におけば、全く違う論証と結論になるだろう。しかし、現段階では、私はロールズ的正義論:格差原理を基礎にすべきと考えているので、以上のような結論になった。



  1. 以下、私の解釈や、解釈の幅を逸脱する私見も混在させる。それらを峻別して記述するのは骨が折れるからだ。 ↩︎
  2. 私の論証の特徴は、大学教育を、経済社会で成功するための準備の機会、成長の契機、即ち「幸福を得るための闘争手段の付与装置」と捉えるのではなく、大学教育それ自体を「幸福」の一場合として捉えるところである。大学教育を「幸福を得るための闘争手段の付与装置」と位置付けた場合には、全く違う考察になるだろう。例えば、将来における男女格差を是正するための時限的方策としてのアファーマティブアクションという考え方もある。政策的な考え方だが、これも十分に有力だし、実際のアファーマティブアクションの正当化理由として語られるのは、この理由が多かろうと思う。 ↩︎

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