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性愛幻想という病への病的嫌悪感———Il deserto rosso(赤い砂漠)/Michelangelo Antonioni

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性愛幻想という病への病的嫌悪感———Il deserto rosso(赤い砂漠)/Michelangelo Antonioni

感想 ネタバレあり。

配色やショットが、とてつもなくオシャレで、主人公の女性もよく、精神的浮揚感、混迷感もたまらない。雰囲気、構成も素晴らしい。こんなにも美的感覚を色彩やショットのみで刺激してくる映画あっただろうか、と。ふとしたカット、背景の家の色、機械の並び、映画の途中で何度も感嘆の声をあげそうになった。しかし、だ。以下の大きな個人的選好上の問題があって肯定できなくなってしまった。どこまでも惜しい。悔しい。

つまり、セックスである。

終盤のセックスシーンがなければ、ほぼパーフェクトに肯定できる美しい映画であった。それまでがあまりに良かったために惜しい!そもそも私が、性愛の展開が受け付けないのは、セカイ系的な跳躍1と性愛との安易な接続が生じ、「世界全体乃至は私の根本問題が性愛によって結論づけられる」というような提示がされる場合である。そのような提示には全く共感できないし、馬鹿げていると感じる。にも関わらず、『ローマの休日』など、男女のロマンス映画で好きなものがあるのは、それが、世界全体乃至私の根本問題などとは関係なく、ただ恋愛自体を描いているからである。それならば納得がいくのである。(しかし、上述のような論理と関係なく、坊主憎けにゃ袈裟まで憎い方式で、性愛描写全体に嫌気が差している嫌いもがあるのだが・・・)。本作でも、終盤のセックスは全く問題を解決しないわけだが、その解決策としてセックスが一瞬でも志向された時点であまりの愚かさにくらくらするのである。しかし、確かに、現実社会で依存症患者等が治療の過程で、身近な異性に依存しがちであるように、病んだ人間の性愛依存的なリアルな側面を描いているといえなくもないが、しかし、それまで完璧にマッチしていた美的感覚が、たったのワンシーンでがらがらと崩れ去り、共感不可能な愚かな醜さを印象に残してしまったことはなんとも残念である。あのセックスシーンがなく、幻惑的な精神的もだえをあの美しき色彩、ショット、アイデアで描き続けて映画が終わったのなら、間違いなく、私の中で1、2を争う映画になったろう。映画一般にいえることだが、性愛に答えを求めようとするようなアイデアは全く共感できないし、そのような造りを見る度に、嗚呼彼ら作り手も、結局小さなころから私の周りにいたような愚か者なのだな2と思い出させられる。だから男女が抱き合っているようなポスターの映画を忌避してしまう。ただ、ゴダールの映画については、なぜだか、上述のような嫌悪感が湧いてこない。なぜだろうか。性愛に怪しげな超越論的意味が付与されようとしていないからだろうか。ちなみに、私がクィア映画に傾倒していることもこのとこと関係がある。私の中で愚鈍の象徴であるところの、そして今まで散々ため息をつかされてきたところの異性愛至上主義的描写を忌避するために、同性愛が立ち現れる。同性愛でもセカイ系的勘違いに頭が痛くなることも多いが、少なくとも愚鈍なロマンティックラブイデオロギーとは直結せず、むしろそれへの反抗の契機を内包していることが殆どであるし、あの不愉快な異性愛のドッキングで結論とすることをよしとしない作品である可能性が高いので、不愉快な性愛作品の回避に適しているのである。性愛の回避に同性愛があるとは逆説的であるが。とにもかくにも性愛には懲り懲りである。映画における私の美への悦楽をいつも、現実人間社会の愚かな猿の交尾の記録に変えてしまう。「ツァラトゥストラはかく語りき」で祭り上げられたロバのように私には奇妙にみえるのだ。その甘ったるい声や交尾の間の喘ぎ声はニーチェのロバの「イーアー」との滑稽な鳴き声に聞こえるのである。




脚注

  1. 東浩紀的解釈のセカイ系
    :セカイ系とは「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%AB%E3%82%A4%E7%B3%BB ) ↩︎
  2. なまじっか早熟であった少年の周囲に対する軽蔑(contempt)の目は、その象徴として性愛にコミットする愚かしさに行き着いたのである。それは少年自身が性愛に全く無関心であったこととからの対照で、自分以外の人間存在の愚かさの淵源を探っていくような思考様式に問題があったのかもしれない。この幼きころの早熟さは、少年に「周囲への軽蔑」という基調のセンスを刻印付けてしまった。 ↩︎

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